1964年(昭和39年)公開の東映映画『どろ犬』。
主演の刑事役に大木実、刑事を強請るヤクザ役に西村晃、その弟分に田中邦衛など。
行き過ぎた正義を振りかざすほどの鬼刑事が、弱みを握られて堕ちていき、刑事人生の転落を辿る様を描いた作品。
“刑事”という生き方に囚われた一人の男の心理を巧みに描いた、見応えあるサスペンスです。
作品情報
【時間】93分/モノクロ
【配給】東映
【原作】結城昌治(中央公論社刊「夜の終る時」より)
【監督】佐伯孚治
【出演】大木実/原知佐子/高城裕二(新人)/北原しげみ/西村晃/高橋昌也/大村文武/井川比佐志/田中邦衛/織田政雄/中山昭二/須藤健/亀石征一郞/春日俊二/清水元/神田隆/片山滉/菅沼正/永島岳/大木史朗/岡野耕作/木川哲也/小峰千代子/高須準之助/亀山達也/竹永昭義/最上逸馬/松本竹郎/八方ゆり/光岡早苗/二宮恵子/矢島由紀子/真木亜紗子/弓恭子/安城百合子/香月三千代/不忍郷子
あらすじ
刑事の菅井(大木実)は、赤座組の山口(西村晃)に弱みを握られ、警察の情報を横流し。
菅井から得た情報でカツアゲをしていた山口だったが、その金の一部は菅井の元へも流れており、菅井はどんどん泥沼へとはまっていく。
その事実に、菅井の同僚・徳持(井川比佐志)が気づき…。
ロケ地
新宿
千代(原知佐子)が着物を着て街を歩くシーン。
これは、新宿西口で撮影されたのではないかと思われます。
千代がお店のショーウィンドウを眺めるシーンで、左奥の方に第一銀行(屋上に富士重工の看板がある建物)が映っています。
この建物は東富士ビルといって、新宿西口ロータリー付近にありました。
そして、右側に映っている白っぽい建物は、小田急百貨店(現在のハルク)だと思います。
このへんの建物の位置関係など見ても、新宿の西口で間違いないと思います。
千代が帰宅するシーンでは、「kinkado」と書かれた紙袋を持っているので、新宿だけでなく池袋のキンカ堂でも買い物をした…という設定?なのかもしれませんね。
NETテレビ
NETテレビは、現在のテレビ朝日。
山口(西村晃)がテレビスター・野見山(中山昭二)と接触するシーンが、NETテレビ社屋前で撮影されています。
板橋駅
菅井(大木実)と安田(高城裕二)が、「栄町駅」の前で別れるシーンがあります。
この栄町駅のシーンで使われている駅は、板橋駅と思われます。
近くに大きなガスタンクが見えるのと、駅舎の構造から、板橋駅で間違いないと思います。
大塚駅
事件の重要な鍵となるのが「かみおおはし駅」。
かみおおはし駅のシーンで撮影に使われているのは、おそらく大塚駅と思われます。
駅の外観が映らないので、建物の構造についての詳しい検証はできませんでしたが、別の角度から検証してみました。
大塚駅であると判断した根拠は、駅のホームから見える「大塚高等予備校」と思われる駅前の建物です。
大塚高等予備校について調べてみたところ、この予備校は、大塚駅前にあったことが確認できました。
また、鉄道案内所前に「武蔵高等予備校」の広告看板があります。
武蔵高等予備校についても調べてみましたが、こちらも当時、大塚駅の近くにあったことがわかりました。
阿部(亀石征一郞)がホームに停車している電車に飛び乗りますが、電車が停車しているのは2番線、田端・上野・東京方面。
山手線の外回りに乗車したようです。
以上の点から、かみおおはし駅=大塚駅であると推察します。
劇中に登場する映画
『わんぱく王子の大蛇退治』
菅井(大木実)と千代(原知佐子)が映画館で観ていた映画は、1963年(昭和38年)公開の東映のアニメ映画『わんぱく王子の大蛇退治』です。
タイトルの「大蛇退治」は「おろちたいじ」と読みます。
日本神話をもとにした作品で、主人公のスサノオが、黄泉の国へ行ってしまった母・イザナミを追って旅に出ます。
ちょっと笑ってしまうようなシーンも盛り込まれ、楽しく日本神話の世界を堪能することができる名作です。
演出は芹川有吾、演出助手に高畑勲ら、音楽は伊福部昭。
主人公・スサノオの声は、子役の住田知仁(後の風間杜夫)です。
大木実と原知佐子が映画館で見ていたシーンは、
・ツクヨミのもとを去ったスサノオとアカハナが、谷底から吹き上げてきた突風にあおられ、火の国へと飛ばされるシーン
・火の国の住人・タイタンボウの話を聞いたスサノオが、住人たちを困らせている火の神と対決するシーン
この二つのシーンを繋いで使っています。
東映アニメーションの世界は本当に美しく、子どもだけでなく、大人が観ても感動します。
私はこの作品を観ると、その優しく美しい世界に、なぜかわからないけれど涙が出てきます。
今の時代にも、ぜひ多くの人に観てもらいたいと思う、素晴らしい名作アニメーション映画です。
『大盗賊』(1963)
『大盗賊』は、1963年(昭和38年)公開の東宝映画。
監督は谷口千吉、出演は三船敏郎・有島一郎など。
菅井と千代が映画を見に行った劇場の入口付近に、『大盗賊』のポスターが貼られています。
『座頭市喧嘩旅』
『座頭市喧嘩旅』は、1963年(昭和38年)公開の大映映画。
「座頭市」シリーズの第5作目。
監督は安田公義、出演は勝新太郎・藤村志保など。
菅井と千代が映画を見に行った劇場の入口付近に、『座頭市喧嘩旅』のポスターが貼られています。
『団地夫人』
『団地夫人』は、1962年(昭和37年)公開の大映映画。
監督は枝川弘、出演は川崎敬三・三条江梨子など。
菅井と千代が映画を見に行った劇場の入口付近に、『団地夫人』のポスターが貼られています。
『犯罪作戦NO.1』
『犯罪作戦NO.1』は、1963年(昭和38年)公開の大映映画。
監督は井上梅次、出演は田宮二郎・本郷功次郞・藤巻潤など。
菅井と千代が映画を見に行った劇場の入口付近に、『犯罪作戦NO.1』のポスターが貼られています。
『太陽は呼んでいる』
『太陽は呼んでいる』は、1963年(昭和38年)公開の東宝映画。
監督は須川栄三、出演は加山雄三・志村喬・藤山陽子など。
菅井と千代が映画を見に行った劇場の入口付近に、『太陽は呼んでいる』のポスターが貼られています。
あの企業・あの商品
大和自動車交通
菅井(大木実)と阿部(亀石征一郞)が、タクシーに乗り込んで女を追うシーン。
二人が乗ったタクシーは、車両に書かれた「大和タクシー」の文字とロゴから、大和自動車交通のタクシーと思われます。
コカ・コーラ
千葉(田中邦衛)が、逮捕された兄貴分・山口(西村晃)への差し入れで警察に持っていくのが、コカ・コーラとバナナ。
アニキのために!…と、張り切って警察に差し入れを持って行った千葉でしたが、この差し入れのコーラが、新たな惨劇を生み出すことに…。
キラリ☆出演者ピックアップ
田中邦衛
刑事を強請るヤクザ・西村晃の弟分役の田中邦衛。
ちょっと頭が弱い役なんですが、これがすごくイイ。
こういう役を、わざとらしくもなくサラリとこなし、観る者のハートを鷲掴みにする愛らしい魅力を振りまき、かといって主役たちの邪魔をすることもなく程よい存在感を放つ…さすがです。
警察からもそれなりに愛されている、ピュアな魅力が凝縮されたキャラクターに、見ているこちらも思わず微笑んでしまいます。
【映画レビュー】堕ちていく刑事の心理を巧みに描いたサスペンス
本作は、佐伯孚治の監督デビュー作。
デビュー作でこんな映画を撮ってしまうなんて、凄い人です。
佐伯孚治は後年、「美少女仮面ポワトリン」などテレビの子ども向け作品も手がけています。
本作とポワトリン、同じ人が手がけていたとは、いろんな意味で驚愕です。
正義という枠を飛び越えるほどの執念で仕事に臨む、鬼のような刑事・菅井(大木実)。
そんな彼が、ヤクザの山口(西村晃)に弱みを握られ、どんどん堕ちていきます。
保身のためなら同僚をも手に掛けるという残忍ぶり。
刑事という肩書きの亡霊に取り憑かれたかのような狂気に、背筋が凍ります。
大木実は、正義感溢れる爽やかな青年役なんかもすごくいいんだけど、こういう悪い役をやらせても、本当に素晴らしい。
あの凄みは、なかなか出せるものではない。
そして、西村晃もさすがの悪役っぷりを披露。
あのゾッとするような目つきが、脳裏に焼き付いて。
この二人の演技は凄まじく、道場で大木実が西村晃を投げ飛ばし続けるシーンは、西村晃は大丈夫かと本当に心配になってしまうほどの迫力に圧倒されてしまいます。
そんな中で、西村晃の弟分でちょっと頭の弱い役の田中邦衛が、オアシスのような存在。
真相に気づいた同僚らが菅井を追い詰めていくシーンは緊張感が漲ります。
刑事という生き方に囚われ、そうであることができないくらいなら…と、菅井が衝撃の選択をするラストには驚愕します。
静かに駅を通過するラストシーンは、衝撃の余韻を残します。
刑事であることから逃れられなかった男の心理を巧みに描いた、サスペンスの傑作です。