1957年(昭和32年)公開の松竹映画『母と子の窓』。
母子寮に勤務する杉田弘子と田村高広。
そして、杉田弘子に思いを寄せるお坊ちゃん高橋貞二。
寮に暮らす母子たちを巡る物語と、指導する人間たちの思想や生活。
母子寮を舞台に、さまざまな人間ドラマが描かれます。
作品情報
【時間】109分/モノクロ
【配給】松竹
【原作】竹田敏彦(読売新聞連載 講談社刊)
【監督】番匠義彰
【出演】高橋貞二/杉田弘子/田村高広/中川弘子/小林トシ子/渡辺文雄/水戸光子/浅茅しのぶ/沢村貞子/吉川満子/北竜二/山形勲/設楽幸嗣/二木てるみ(劇団若草)/川口のぶ(新人)/野辺かほる/高橋とよ/須賀不二夫/本橋和子/春日千里/水上令子/草香田鶴子/稲川善一/竹田法一/大杉莞兒/高木信夫/新島勉/佐原康/井上正彦/人見修/川村耿平/寺田佳代子/谷よしの/後藤泰子/秩父晴子/戸川美子/山本多美/二宮照子/斉藤知子/三田玲子/御室蘭子/渡辺和夫(若草)/谷岡雅夫(若草)/太田博之(若草)/藤木満洲男(若草)/植木まり子(若草)/その他-園兒 劇団若草
あらすじ
母子寮に勤める保母の圭子(杉田弘子)と指導員の壮吉(田村高広)は、施設に暮らす母子たちを支援するために日々奮闘していました。
あるとき、母子寮で暮らす小学六年生の秀治(設楽幸嗣)が、校内で拾ったお金を自分の懐に入れてしまう…というちょっとした事件があり、PTA総会でも問題視され、槍玉に挙げられてしまいます。
そこで窮地を救ったのが、女性教師・宗方繁子(小林トシ子)。
繁子に感化された壮吉は、次第に言動が変わりはじめ、ついには母子寮を辞めて、繁子と同じ小学校の教員へと転職してしまうのですが…。
ロケ地
明治大学
婚約者がありながら、母子寮の保母・圭子(杉田弘子)にひそかに思いを寄せている、裕福なお坊ちゃんの陽一(高橋貞二)。
陽一が、知人・三郎(渡辺文雄)と喫茶店で会うシーンがあります。
その場面で、喫茶店の窓の外に見えるのが、明治大学記念館(三代目)です。
映っているのは明治大学記念館の外観のみで、敷地内の映像はありません。
どうやら、三郎はここに通っている学生…という設定のようです。
会話しながら楽器をかき鳴らして「これからウエスタンのお稽古なんですよ」なんて言ってるあたり、実にこの時代らしいな…という感じですね。
東京都宇佐美児童学園
「東京都宇佐美児童学園」は、かつて静岡県伊東市にあった児童養護施設。
現在はすでに廃止されています。
母子寮の保母・圭子が、母親を亡くした美知子(二木てるみ)をこの施設へ連れて行きます。
海を望む高台にある施設に美知子を預けてのお別れのシーンに、胸が締め付けられそうになります。
劇中に登場する映画
『オセロ』
陽一が婚約者の由利(中川弘子)に対して
「どういう風の吹き回しで『オセロ』なんて古い映画を観る気なったの」
と言うシーンがあります。
映画そのものが流れるシーンはなく、台詞にのなかにだけ映画『オセロ』の名前が登場します。
シェイクスピアの『オセロ』は何度も映画化されているのですが、何年に公開された『オセロ』のことを指しているのかは、台詞を聞いただけでは特定できませんでした。
あの企業・あの商品
大正製薬
母子寮で娘と暮らす夏江(水戸光子)が、たばこ屋から会社に電話するシーンがあります。
その後ろには、鷲のマークに「大正チェイン」の文字が入った琺瑯看板が。
大正製薬のチェーン薬局ですね。
ほかにも「クスリ」と「たばこ」の看板が一緒に出ているので、夏江が電話をかけた場所は、薬局兼たばこ屋さんのようです。
なつかしの雑誌・小説
ねずみの相談
母子寮で暮らす小学生の秀治(設楽幸嗣)が、同じ母子寮に暮らす美知子(二木てるみ)のために絵本を読んで聞かせるシーンがあります。
このシーンで読んでいる絵本は、イソップ童話の「ねずみの相談」。
猫に襲われ苦しめられていたネズミたちが、どうすればよいか対策を相談するお話。
猫の首に鈴を付ければ、猫が近づいてくるのがわかるから逃げられる!…という名案が出されるのですが、その鈴を付ける役を誰がやるのか…?という話になると、誰もその役をやろうとしなかった…というお話です。
講談社の絵本 ガリバー旅行記
夏江と交際している塩沢(山形勲)が、夏江の娘・美知子の入院中のお見舞いに、いくつかプレゼントを持って行きます。
そのプレゼントの一つが、「講談社の絵本 ガリバー旅行記」。
この絵本は大日本雄弁会講談社から出版されたもので、文は西条八十、絵は吉邨二郎が手がけたものです。
表紙のほか、中身も少しだけ映るのですが、美しいイラストに目を奪われる、とても素敵な絵本です。
上記の「ねずみの相談」「ガリバー旅行記」のほか、山形勲の台詞の中に「かぐや姫」「白雪姫」の名前が出てきます。
学校と教育
二宮尊徳
秀治が校内で拾ったお金を着服してしまったことがPTA総会で問題視され、児童の家庭環境を基準にした組み分けが提案されます。
それに対して、総会に出席していた女教師・宗方繁子(小林トシ子)が、「この校庭にも建っている二宮尊徳は、お金持ちの児童だったでしょうか?」と、異を唱えるシーンがあります。
秀治たちが通う小学校の校庭には、二宮金次郎の像が建っています。
かつては全国の多くの学校に建てられた二宮金次郎像ですが、今は置かれている学校も少なくなっています。
これも時代の流れ、仕方ないとはいえ、少し寂しいような気もしますね。
キラリ☆出演者ピックアップ
草香田鶴子
母子寮に暮らす母子のいくつかのエピソードが紡がれる本作ですが、そのなかでも特に忘れられないのが、草香田鶴子が演じる母親の姿。
子どもの運動服を買えない…と、保母の圭子(杉田弘子)に相談をする母親の役ですが、ボロの服を着て、やつれきったその表情は、強烈な印象を残します。
創作の物語とはいえ、ボロボロのお母さんの姿を見るというのは、やはり辛いもんです。
よく見ると、他のシーンでもずーっと同じボロの服を着て虚ろな表情を見せていて、そんな彼女の姿に胸が痛み、いろいろと考えてしまうのです。
【映画レビュー】母子寮をめぐる、さまざまな人間ドラマ。
原作は、読売新聞にて連載されていた竹田敏彦の同名小説。
母子寮で暮らす母子たちの姿とともに、それと向き合う指導者たちそれぞれの生き方も描かれた作品です。
貧困が影を落とし、苦労が絶えないそれぞれの寮生活。
親孝行の息子が学校で問題を起こしてしまい、動揺する節子(浅茅しのぶ)。
子どもの運動服も買えずに、いつもボロ服を着ている久子(草香田鶴子)。
いけないと思いながらも妻子持ちの男と交際し、やがて、一緒に暮らそうという話が持ち上がる夏江(水戸光子)。
…これだけ読むと、母子寮での苦しい生活から脱する希望をいくらか持てそうなのは水戸光子…と思われるかもしれませんが、そうではないのが恐ろしいところ。
浅茅しのぶと草香田鶴子は、いくらか救われる。
実は一番悲惨な運命をたどるのが水戸光子のエピソードなのです。
観ている者まで奈落の底に突き落とされるようなその展開には、愕然とさせられます。
そして、指導者である職員たちも人間ですから、いろいろあります。
思想に染まり道に迷う者…適齢期を迎え、結婚についてどうすべきか迷う者…。
終盤、自分の幸せよりも使命に生きようとする圭子が語った言葉。
「あの貧しい母子寮の窓の灯になることができたら、それが私にとってはこの上もない幸せですわ」
この言葉に、思わず熱いものが込み上げてきました。
このような思いで生きている人間が、世の中にどれだけいるのだろう。
指導者だからといって聖人ではありません。
でも、窓の灯になって守るべきものたちを照らそうとする保母・圭子の姿は、まさに “聖なる母” と形容するのにふさわしい人間なのではないかと思うのです。