1953年(昭和28年)公開の大映映画『近世名勝負物語 血闘』。
主演は根上淳、ほか沢村美智子・南田洋子・三田隆らが出演。
拳闘で世界王者を目指す男の世界とともに、それを陰からひそかに支える女の愛を描きます。
この映画、実は元世界王者の白井義男をモデルとした作品なんですね。
そのへんの詳細についても解説いたします!
作品情報
【時間】89分/モノクロ
【配給】大映
【原作】村松梢風(読売新聞連載「チャンピオン」より)
【監督】仲木繁夫
【出演】根上淳/沢村美智子/南田洋子/三田隆/岡讓二/江川宇禮雄/北原義郎/霧立のぼる/平井岐代子/岡村文子/見明凡太朗/潮万太郎/吉川英蘭/加原武門/伊藤弘一/髙村栄一/ヂエームス・ゴーゲン/ゲイ・ミドウス/宮嶋城之/小杉光史/隅田一男/佐々木正時/泉静治/髙田宗彦/原田詃/髙品格/直木彰/志保京助/廣川雅英/黒田剛/日下部登/谷謙一/筑紫実枝子/及川千代
【拳闘指導】荻野貞行/郡司信夫/中村金雄
【レフェリー】林國治/松永喜久雄
【アナウンサー】阿久津直義
【後援】國光拳闘クラブ/國民体育拳闘会
あらすじ
復員して久しぶりに拳闘の試合に臨んだ平井(根上淳)は、好敵手の川内隆(北原義郎)に敗れた。
平井には景子(南田洋子)という許婚がいたが、飲み屋の女・美代(沢村美智子)も平井に思いを寄せていた。
実は、平井が隆に敗れたのは腹の痛みが影響していたのだが、その手術代を工面してくれた美代は、その後、平井の前から姿を消してしまう…。
昭和のスポーツ界【拳闘(ボクシング)】
元世界フライ級王者の白井義男をモデルとした拳闘映画。
詳細は後述しますが、主人公以外の登場人物も、実在の人物をモデルにしたと思われる人たちがいろいろと出てきます(レビューの項をご覧ください)。
また、試合シーンのレフェリーには本物のボクシング関係者が出てきます。
レフェリー
川内隆(北原義郎)対 平井正秋(根上淳)のウェルター級タイトルマッチのレフェリー役は松永喜久雄。
デイック・サリヴァン(ヂエームス・ゴーゲン)対 平井正秋、世界ウェルター級選手権大会のレフェリー役は林国治。
松永さんは、小林旭主演の『俺は挑戦する』(1959年・日活)にも賛助出演しているようです。
林さんは、高倉健主演の『血まみれの決闘』(1957年・東映)、三橋達也主演『勝利者』(1957年・日活)などにも出演しています。
ちなみに、林国治さんは、実際に白井義男の世界戦で審判を務めた方でもあります。
あの選手の名前も!拳闘の試合告知ポスター
本作を観ていると、いろいろな場所に拳闘の試合告知ポスターが貼られているのが目につきます。
劇中で確認できたポスターに掲載されている情報について、イベント名・会場・日時・出場者等、確認できた範囲でまとめてみました。
当時活躍していた選手たちの名前がたくさん並んでいます。
この時代のボクシング界について知るための一つの資料として、参考までにどうぞ。
(※選手名の表記は、ポスターの表記通りに記載しました。)
「日米プロボクシング」
ロイ比嘉×堀口宏(10回戦)
「納涼拳闘大會」
8月1日(金)6時開始/雨天順延/後楽園バレーコート
横山守 × 平間龍雄(八回)
金子繁治 × 中西清明(八回)
大川寛 × 金一男(八回)
スピーデー章 × 長谷川正之(八回)
金親秀行 × 塩田政男(六)
「日米比プロボクシング」
7月29日/スポーツセンター(芝大門)
後援:読売新聞社
ロッキー・モンタノ × 後藤秀夫(十回戦)
フエル・リゾ × 辰巳八郎(十回戦)
レイ・アカスタ × 羽後武夫(十回戦)
「世界選手権を賭けて」
ダド・マリノ 対 白井義男
戦争の記憶
冒頭の川内隆との試合は、平井が復員して久しぶりの試合。
平井の腹の中には、戦地で浴びた砲弾の破片が残ったままになっていて、その痛みが試合にも影響を及ぼしていた…という設定があったりします。
また、平井の所属ジムの菊波(岡讓二)は戦災で片足をやられて松葉杖をついていたりと、戦争が残した傷跡がチラチラとのぞくストーリーになっています。
終戦直後に起こった八高線の復員列車の転覆事故の話もチラッと出てきます。
これは、1945年(昭和20年)8月24日に起こった八高線多摩川鉄橋衝突事故のことと思われます。
あの企業・あの商品
平井が所属する菊波拳闘倶楽部の関係者・辻(潮万太郎)の家では、靴屋を営んでいます。
そこに靴関係の商品がチラッと登場しています。
サンエッチ靴クリーム
辻靴店の壁に、「サンエッチ靴クリーム」と思われる商品のポスターが貼ってあります。
ハイヒールを履いた女性の美しい足元を大きく写した、上品なデザインの広告です。
ライカ靴クリーム
辻靴店のカウンターの上に、箱のなかに並んだ靴クリームが置いてあります。
箱には「ライカ靴クリーム」の文字。
一瞬映るだけなので、1箱あたり何個くらい入っているのかまではよくわかりませんが、1ダースくらいは入っているように見えます。
注目!おしゃれファッション
平井の許婚役で出演している南田洋子。
彼女のYラインファッションがとってもオシャレです。
着用している衣裳すべてが本当に素敵すぎて、目を奪われます。
南田洋子ですごくオシャレといえば、『太陽の季節』(1956年・日活)での女性陣の落下傘スカートがとっても素敵だったのが思い出されますね。
50年代ファッションが好きな人は、そちらも要チェックです!
キラリ☆出演者ピックアップ
高品格
タイトルバック明け、平井×川内隆の試合でレフェリー役をやっている高品格。
もともと俳優になる前はボクサーだった人です。
たくさんの映画に出演している高品格ですが、元ボクサーということもあって、拳闘映画ではよく見かけますね。
『三つの顔』(1955年・日活)では、拳闘選手役で登場。
水島道太郎と対戦するシーンがあるので、そちらも要チェックです!
【映画レビュー】白井義男をはじめ、実在の拳闘関係者をモデルとした人物が続々登場!
原作は読売新聞に連載されていた村松梢風の近世名勝負物語シリーズ「チャンピオン」。
日本人初のボクシング世界チャンピオン・白井義男が世界王者になるまでを描いた評伝です。
原作読みましたが、これがなかなか面白いんです!
原作の内容を踏まえた上で、映画の解説をしていきますね。
主人公の平井(根上淳)は、もちろん白井義男がモデルです。
平井の恩師だった加納天外という人物の名前が出てきますが、加納天外は、白井義男の恩師だった佐藤東洋がモデルと思われます。
劇中では、加納天外は八高線の復員列車の転覆事故に遭った…ということになっています。
白井義男の恩師だった佐藤東洋も、八高線の事故で犠牲になっているのです。
(終戦直後の1945年8月24日に起きた、八高線の多摩川鉄橋衝突事故。)
次に、平井のライバル陣営について。
キング川内(三田隆)と、その弟・川内隆(北原義郎)の兄弟が出てきます。
これはおそらく、キング川内のモデルはピストン堀口、弟・隆のモデルは堀口宏だと思われます。
(ただし、復員後の試合で平井が隆に負ける部分は創作。)
家業の靴屋をほったらかして拳闘に熱中し、平井の育成に関わっている辻(潮万太郎)ですが、これもちゃんとモデルになった人物がいることが原作を読むとわかります。
江川宇礼雄演じるケイン博士は、カーン博士がモデル。
そのカーン博士との二人三脚の様子なども、原作には詳しく書かれています。
そして、飲み屋のお姉さんの役で出演している霧立のぼるですが、実は白井義男とはちょっとした縁が。
というのも、1952年(昭和27年)2月9日に行われた白井義男×堀口宏の再戦のとき、白井に花束を贈ったのが霧立のぼる、らしいのです。
そういう縁のある人が出演しているというのも、なんだか感慨深いものがありますね。
なお、劇中で平井×サリヴァンの世界戦のレフェリー役を務めている林国治ですが、この方は、実際に白井義男×ダド・マリノの世界戦の審判も務めた人。
そういうことも知った上でこの映画を観ると、俄然面白いです!
原作には美代ちゃん(沢村美智子)のような飲み屋の女の子は出てきません。
ただ、恋愛をやめるよう説得される場面は原作にもあるので、それを大幅に脚色してメロドラマ風の映画に仕立ててみました!…といった感じでしょうか。
メロドラマ風味が強めなので、どちらかというとスポーツ映画というよりは恋愛映画寄りかもしれません。
何の予備知識もなく観ても、拳闘男たちとそれを支える女たちのメロドラマとして楽しめます。
さらに原作を読んでから改めて鑑賞してみると、これはアノ人がモデルになっている!あのエピソードのエッセンスがこんなところに!
…などなど楽しめるので、この映画が何倍も面白くなります!
わたしがオススメする、この映画の鑑賞方法。
1.まず普通に鑑賞してみる。
2.原作を読んでから、再度この映画を観てみる。
これで、この映画を違う視点から二度楽しめますよ!